〔M〜Z〕


 


  ▽ M ▽  

 Međimurje
クロアチア最北部の地方名(県名)。
ハンガリー及びスロヴェニアと国境を接し、ハンガリー系の人々が多く住む。伝統的な文化(踊り、歌、衣装、家など)がよく残っていることで知られている。
南側を Drava 川、北東側を Mura 川(Drava 川の支流)に区切られた領域で、 "Međimurje" という名前は「Mura 川の間の地」を意味する。

 Moldova
Basarabia 参照。

 Morocco モロッコ
ジブラルタル海峡を挟んでスペインの対岸に位置する、アフリカ北西部の王国。
紀元前後のローマ時代からユダヤ人コミュニティがあり、ベルベル人と同化しつつ暮らしてきた。
一方、イスラム教徒の支配を受けていた中世のイベリア半島(スペイン)では、宗教の違いに比較的寛容だったため、多くのユダヤ人が暮らしていた。しかし、キリスト教徒によるレコンキスタ(国土回復運動)が始まると、ユダヤ人に対する迫害が次第に強まり、15世紀末には国外追放令が出されるに至る。
追放されたユダヤ人はモロッコにも多数移り住み、ユダヤ教の伝統は守りつつも、モロッコ(アラブ)やスペインの影響を受けた独特の文化を作り上げていった。イスラエル建国の際、モロッコのユダヤ人のほとんどがイスラエルへと移住したが一部は残り、現在も古都フェズにはユダヤ人街があるという。

  ▽ N ▽  

 Nash Didan (Nashdidan)
クルディスタン〜アゼルバイジャンの辺りに住んでいたユダヤ系の人々のことで、アラム語※で "our people" という意味。(Moshiko 氏のご説明では "I am a Jew" )。
居住地が外界から隔絶した山岳地帯だったこともあって、古代ユダヤの宗教的な習慣や言葉(アラム語)をよく残していた。イスラエル建国後はイスラエルへ移住し、若い世代はアラム語を話すことも少なくなっているらしい。
しかし近年、その名も "Nash Didan" というバンドが彼ら自身の音楽(歌詞はアラム語)のCDを発売し、注目を浴びているという。
    ※アラム語:聖書時代の中近東一帯で広く使われていた言語。
            ヘブライ語とは近縁で、イエス・キリストもこの言語を話して
            いたと言われている。(異説もあり。)

  ▽ P ▽  

 Podravina
クロアチア北部の地方名。
ハンガリーとの国境に沿った細長い領域で、「Drava 川流域地方」の意。

 Pokuplje
クロアチア中部の地方名。「Kupa 川流域地方」の意。

 Pontos
現在のトルコ北東部、黒海沿岸地方。
(pontos : ギリシャ語で「海」。特に「黒海」を指すこともある。)
紀元前8世紀頃からギリシャの植民都市が数多く建設され、海洋貿易の拠点として繁栄した。15世紀になってオスマントルコの支配下に入った後も、多数のギリシャ人がこの地に留まり、むしろギリシャ本土から隔絶されているが故に、古代ギリシャの伝統文化を受け継いできたという。
ギリシャ=トルコ戦争(1919-1922)の結果、ギリシャとトルコは住民交換条約を結び、ギリシャに住むトルコ人とトルコに住むギリシャ人を、それぞれ相手国へ強制移住させた。(合計約250万人。)
ギリシャ本土、そしてアメリカなどの諸外国に移住した後も、ポントスの人々は独自のコミュニティを作り、(もはや現在のギリシャのものとは大きく隔たってしまった)伝統的な言葉や、歌、踊りなどを守り続けた。そのため、ポントスの踊りは、古代ギリシャの踊りに最も近いとも言われている。

 Posavina
クロアチア東部の地方名。
ボスニア・ヘルツェゴヴィナとの国境(北東部)に沿った細長い領域で、「Sava 川流域地方」の意。

 Prigorje
クロアチア中部の地方名。(首都 Zagreb を含む。)
「山(gora)の手前の地方」の意。
"Kašinsko Prigorje" は、Prigorje の中でも、北側の Zagorje に近い山岳地域。(Kašina 村付近。)

  ▽ R ▽  

 Rodopi ロドピ
ブルガリア南部の地方名。
ブルガリア南部からギリシャ東部にまたがる山脈の名前でもあり、ギリシャ語では "Rhodope(Rhodopen)" と呼ばれる。
"Rhodope" はギリシャ神話に登場するトラキアの美しいニンフの名前で、小惑星の名前にもなっている。("rhodo" はギリシャ語で「バラ」のこと。)
夫のトラキア王と共に山に変えられたと言われている。
かの竪琴の名手、楽神オルフェウスもロドピ山脈で暮らしていたとされており、ロドピ地方に伝わる独特の合唱は、彼の系譜をひくものと言われている。

 rom (roma)
インド北西部をルーツとする「流浪の民」、いわゆるジプシーのこと。
世界各地に散在する彼らは従来、その土地の人々によって様々な名前で呼ばれてきた。いわく、ジプシー、ジタン、ヒターノ、ツィゴイネル、ツィガ、チガニー、ボヘミアン、等々。しかし、いずれも差別的なイメージが強く、世界ロマニー連盟 (*1) が自民族の呼称として "rom" (*2) を採用したこともあって、近年は世界的にロムあるいはロマ、ロマニー等と呼ぶ動きが広まってきている。
ロマの旗は、青い空、緑の大地、赤い車輪で移動生活と進歩を象徴している。
    (*1) 1971年発足。初代名誉会長は、ロマ出身の俳優ユル・ブリンナー。
    (*2) 彼ら自身が話すロマニー語の方言で、「人間」を意味する。
彼らの伝統的な職業としては、楽師や熊つかいなどの大道芸人、占い師、馬の売買、傭兵、金属や木工や宝石の細工師などが知られている。村々を順に回って鍋などを修繕する鋳掛け屋も、古来、ジプシーの人々の代表的な職業のひとつ。そのため、ヨーロッパでは一般的に、「鋳掛け屋(英語では "tinker" )」といえば「=ジプシー」というイメージがあったらしい。

 Rudari
木工などを生業とするロマの1グループの呼称で、ルーマニア南部には、Rudari という(別)名を持つ村が幾つもある。

  ▽ S ▽  

 Sever
ブルガリア北部の地方名。
バルカン山脈の北側に広がるドナウ平原地方を指す。単語の意味は、そのものずばりの「北」。ドナウ河の対岸に位置するルーマニアの Oltenia や Muntenia 地方と関係が深く、特に国境近くには、ルーマニア系の人びと(Vlah)も数多く暮らしている。

 Šiptar
セルビア(コソヴォ)やマケドニアに住むアルバニア系の人々のこと。
今日では差別的な意味合いで使われることも多い様だが、元は、アルバニア語でアルバニア人自身を指す "Shqiptar" がスラブ語化したもの。
アルバニアを指す "Shqip" は「鷲」を意味し、アルバニア人は強く誇り高い鷲の子孫であるという伝説に由来するとか。そのため、アルバニアの国旗にも鷲が描かれており、双頭の鷲は、国が東洋と西洋の中間にあることも示している。

 Slavonija
クロアチア東部にある地方名。「スラヴ人の地」の意。
アドリア海沿岸のダルマツィア、首都ザグレブ周辺の(狭義の)クロアチアと並び、クロアチアを大きく三分する地方として、広くクロアチア東部を指すこともある。

  ▽ T ▽  

 Trakija, Thraki, Trakya
「トラキア人(※)の地」の意。
現在はそれぞれ、ブルガリアの中〜東部(バルカン山脈とロドピ山脈に挟まれたトラキア平原地方)、ギリシャの北東部、ヨーロッパ側のトルコ、を指す地方名。
古くは、上記の3つの地方を中心としたバルカン半島東部を指した。
肥沃な土地が広がり、複雑な歴史を反映して、ブルガリア系、ギリシャ系、トルコ系の人々が混在する地域も多い。
  ※主にバルカン半島東部に居住した、インド=ヨーロッパ語族系の先住民族。
    勇敢な騎馬民族として知られ、紀元前5世紀に強大な王国を築いたが、
    紀元前4世紀にマケドニア王フィリッポス2世とその子アレクサンドロス
    大王によって征服された。

 Transilvania
ルーマニア北西部の地方名。
「森の向こう」の意。ハンガリーでは、Erdely と呼ばれる。
オーストリア・ハンガリー領だった歴史が長く、現在も多くのハンガリー人(マジャール人)やドイツ人が住んでいる。むしろハンガリー本国よりも、ハンガリーの伝統的な習俗が色濃く残っており、ルーマニア文化との混在が興味深い。
吸血鬼ドラキュラのモデルとなった Vlad Ţepeş(ヴラド串刺公)の生まれ故郷で、ブラム・ストーカーの小説に登場するドラキュラ城は、Transilvania 地方東部の町 Bistriţa から奥に入った、東カルパチア山脈の山中に置かれた。

  ▽ V ▽  

 Vlah
Aromân 参照。

 Vojvodina
セルビア・モンテネグロの北部を占める自治州(Sava&Dunav川以北)。
オーストリア・ハンガリー帝国が、オスマン帝国とせめぎ合った国境地帯の一つ。豊かな穀倉地帯で、防衛力増強のために各地からの移住を推進したこともあって、セルビア人、ハンガリー人、スロヴァキア人、クロアチア人など、現在に至るまで様々な民族が混在し、「民族のごった煮」とも呼ばれている。
Tisa 川以東が Banat 地方、Tisa 川以西のうち、Dunav(ドナウ)川以北が Bačka 地方、以南が Srijem 地方。Bačka 地方の男性が、ブーツの足首に金具(昔は拍車)を付けて、シャンシャン鳴らしながら踊る踊りが印象的。

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 Yemenite (Teymani)
イエメンに住んでいたユダヤ系の人々のこと。イスラエル建国後は、そのほとんどがイスラエルへ移住した。
2000年近くもアラブ人に囲まれて暮らしてきたが、居住地が砂漠の中の陸の孤島の様な所だったこともあり、祈りの旋律など、古代ユダヤの伝統文化の多くがそのまま残っている。
狭いシナゴーグの中で踊るために、いわゆるイエメナイト・ステップに代表される様な、独特の踊りのスタイルが確立したと言われている。

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 Zagorje
クロアチア北部の地方名。(Prigorje 地方の北側。)
「山(gora)の後ろの地方」の意。